高田馬場にあるラグビーダイナー「ノーサイドクラブ」

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Noside History

「第四話:日本揺らぐも心揺るがず」

2011年3月11日、東日本大震災発生。

尋常では無い被害の大きさとまだまだ続く余震の影響により日本全体をかつてないほどの自粛ムードが覆っておりました。


同時にお店のオープンの時期について「一年、いや、せめて半年はずらした方が...」と多数の識者に勧告を受けました。

当時参加した全ての飲食業界セミナーでも新規オープンの再考を強く促され、家族含む周りの方々からもたくさんの心配の声を頂きました。

熟慮に熟慮を重ねました。


自分だけではどうにもならない規模と問題、事情が事情だけに、行き場のない苦悩に毎晩苛まれました。


外でお酒を飲む人が劇的に減っている。
今、お店をやれば失敗する可能性が極めて大きい。
いや、そんなことよりも自分やお店のことよりも被災して苦しんでいる方のためにフォーカスを当てて行動した方がいいのではないか。

お店をオープンすることよりももっと大切なこと、やらなければならないことがたくさんあるのではないか…と。

が、


容子とも相談した結果、僕は決心しました。
お店をオープンしたいという強い想い、今、自分を支える糧として身体中に充満しているかけがえのない初期衝動が無ければお店の成功はあり得ない。
「東京でラグビー専門のバーを作り、2011年ラグビーワールドカップをお店で放映する!」


その大志を叶えるためには立ち止まるのではなく、歩みを前へ進め、もっと自分が強く大きくなることで復興への尽力をより一層効果的なものへと昇華しよう、そう結論に達しました。


以後、再び開店準備業務に専念。


当時ラグビーチームで務めていたキャプテンを退く決意をし、当初共同出資で経営しようと話していた方々(一人はビルブラ次兄高花兄貴!)への想いの伝達と単独出店認可のお願い、資金繰り、法務局への届け出や保健所への飲食店営業許可申請手続き、今は無き西麻布の隠れ家的バー「甑」のR&B DJ兼バーテンダー伊藤さんのもとでのバーテンダー修行(写真参照!絶品モヒートは伊藤さん直伝!)、僕と交代で料理教室に通い始めた容子とのメニュー考案、酒屋さん/食材仕入れ先の決定と協議、フードイベントへの参加、店内レギュレーションの検討等々。


加えて飲食店の聖地合羽橋へは調理器具や食器を買い求めて幾度となく足を運び、THE CONRAN SHOPなどインテリアショップも度々チェック。

同時に#23では厨房で調理やサーヴの練習などもさせて頂きつつ、6月にお店が閉店してからは、実際にお店作りへと本格的に着手。


店内の清掃と改装、レイアウトの決定、ラグビーの過去の試合映像の収集、「メジャースポーツバー」から「ラグビーバー」へと生まれ変わるその日へ向け、準備は順調に進行。 意気揚々、準備万端で開店を迎えるはず、だったのですが...

(明日へ続きます)



★Message from 容子

「有楽町マリオン8階で経験した東日本大震災。
一生忘れない。
その頃から私の職場、美容院でも色んな変化が起こってました。
銀座にもう一店舗出店で今のスタッフごとそちらへ移動。
それから有楽町の店舗がメンズ館になるため7月には休館になること等。
そんな時マスターからお店の引き継ぎ話が急に舞い込んできて、開業が決まったからお店を手伝ってほしいと。。。 開業も手伝う事にも不思議と不安はなくオッケーだったのですが、美容院新店舗出店の時期と丸かぶり…
お世話になった美容院のお手伝いをしたい思いとこれからの人生への葛藤に挟まれ、悩みに悩んだのですが、色々と考えた結果、休館、新店舗を待たずに美容院を退社と相成りました。
そして、ここで私の決意も一段と固まりました。」

 

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