高田馬場にあるラグビーダイナー「ノーサイドクラブ」

ノーサイドクラブ 営業時間

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Noside History

「第十五話:黎明」

W杯が終わり、国内ラグビーシーズン真っ只中の年末年始。

あのトークライブ以降、毎週末のように試合会場へ足を運んではチームテントへ行き、レプリカジャージやマフラータオルなど店内展示用のグッズを片っ端から購入、チームスタッフの方々へお店の宣伝もしました。


同時に音楽業時代、自分でCDジャケットやフライヤーなどのデザインも多少手掛けていた経験からイラストレーターを使ってお店告知用のチラシを作成。


週末は道路使用許可の申請手続きと、国立競技場や秩父宮ラグビー場で容子や春ちゃんとチラシ配布に励みました。


声をかけたり、チラシを歩く方の手元に出しても完全に無視されたり、あまりにもチラシを受け取ってもらえないことで容子と喧嘩になったり、「ラグビーはお店なんかじゃなく生で観るのに限るんだよ!!」などと辛辣な言葉とともにチラシを捨てられたりして、何度も挫けそうになりましたが、例えば菅平での夏合宿のフィットネスに比べればこっちでのシャトルランなど所詮、的な感じでW杯の数々の苦労を考えれば堪忍の範疇内。


(ただ、それ以来、街中でウェットティッシュを配られたら受け取るようになりました笑)



決して瞬発的、ではなかったですが、それでも、そのチラシを持って来られたり、チラシ配りを見かけて下さったり、声をかけて下さったり、そのことを覚えて下さっていたお客様が少しずつ来られ始めました。


また、ラグビー専門のバーという珍しい存在だからか、どこかでお店の噂を耳にされたラグビー界の著名な方々、具体的には林敏之さんや笹田学さん、慶應義塾大学の野澤武史さん、早稲田大学の後藤禎和さん、元サントリーサンゴリアスの青木佑輔さんや竹本隼太郎さん、真壁伸弥さん、セコムラガッツ山賀敦之さん(ご結婚式二次会ではDJも務めさせて頂きました!)、当時パナソニックワイルドナイツのキャプテンを務めていた霜村誠一選手、現在はNTTコム所属で当時は早稲田大学ラグビー部のキャプテンだった上田竜太郎選手や同じく早稲田大学ラグビー部の金正奎選手や垣永真之介選手、布巻峻介選手や藤田慶和選手、NPO法人「スクラム釜石」の皆様などにも足をお運び頂けるようになり、店内は少しずつ華やかな雰囲気へと変貌を遂げつつました。


加えて先の「ノーサイドライブ」に加え、ラグビー専門WEBマガジン・ラグビージャパン365さんとスクラム釜石さん共同主催での「クライストチャーチ&東北復興チャリティートークイベント」、ラグビーマガジンさん主催の「ラグビーリパブリックトークイベント」などイベント開催のお話も少しずつ頂き始めるようになり、それに伴い、イベントのゲストとして岩渕健輔さんやアンドリュー・マコーミックさん、村田亙さん、佐々木隆道選手、立川理道選手、そして清宮克幸さんなど多数のビッグネームの方々にもお越し頂けるようになりました。


そして2012年春から夏へ。
そんなお店の変化に伴い、ノーサイドクラブにとって二つの大きな出来事がございました。


それが二つの「か」です。

(明日へ続きます)


★Message from 容子
「ビラ配り… 美容院の時にも経験ありますが、なかなか精神的にきつい仕事です。
受け取ってもらえない切なさたるや…
それを押し殺し一生懸命配ってるからこそマスターと些細な言葉でも喧嘩になってた。
ビラ配りの帰りの山手線で人目も気にせず喧嘩したことははっきり覚えてるなぁ。
ビラ配りの効果ではないんだろうけど少しずつお客様が増えてきたこの時期、ラグビーにもちょっとずつ興味も出てきた頃だ。」

 

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