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Noside History

「第三十二話:国立の轍から伝説の一夜へ」

2014年春から夏へ。


まゆあちゃんの卒業に伴い、新たにレジェンダリースタッフ堀野奈久瑠ちゃんと風呂迫未佳ちゃんが加入。


音楽業からは「見つけろオマエの生まれた理由。やるべき本来の己の使命」という活きる指針を教えてくれた人生の恩師で妻島さんと並ぶメンター、今もノーサイドクラブのカウンターに黄金の光と鋭い目つきを放ちながら鎮座するIllでいる秘訣知ってる普通じゃない並外れてる故Dev Large氏(Buddha Brand)がご来店。


毎年行っている宮古島の山本大司さんに初めてご来店頂いたのもこの頃でした。

着々と次のステージへのステップアップの足場を固める中、いち個人として、ビッグイベントへの出場が決定しました。


2015年W杯の出場を決めるアジア最終予選「日本代表vs香港代表」戦の前に開催される国立サヨナラエキシビジョンドリームマッチ「トップリーグ選抜vsラグビーファン選抜」戦の出場メンバーに大多数の応募者の中からなんと!抽選で選ばれたのです!!


当時38歳だった僕は30代チームの一員。


チームメイトは僕含めほとんどがまだクラブチームでの現役プレイヤーばかり。


エキシビジョンだけにコンタクトは無し、と聞いていたのですが...


前日の練習を見て協会の担当の方が一言、「30代チームだけはちょっとコンタクトがあってもいいかも」(笑)


そのデンジャラスな鶴の一声が決め手となり、僕達30代チームだけは何となく(笑)、様子を見ながら怪我しない程度にヒットやタックルもありという、もはや笑いしか出ない設定(笑)で試合を迎えました。


“Play On!!!”が口癖(笑)


豪華!日本ラグビーフットボール協会レフェリー委員長岸川剛之さんがレフェリーを務められる中、193cm 125kg、日本代表LOトヨタ自動車ヴェルブリッツ谷口智昭選手の 決して大袈裟ではなく死を想起させるようなキックオフからのバッファローのような突進、タウファ統悦さんの容赦ないタックル、後にラグササイズを共にすることになるみやっきーとの初めてのコンタクトでは写真にもある通り、ボールを持ってヒットしたら「マスター、ボールパクっちゃいますよー!」と笑いながら僕を激しく懐抱、ボールに伸ばしてきた手の力が予想以上に強くて驚いたことも今だに身体で覚えています(笑)


虚構と現実を去来しながらも死や大怪我への恐怖と闘った10分でしたが、いつもスタジアムやテレビで見る有名選手達と同じピッチに立てて、しかも一緒にラグビーが出来るという、まさに夢のようなあの時間は旅立つ間際に蘇る走馬灯に必ずフラッシュバックするであろう人生至高のメモリーレーン。


数々の歴戦の強者達が血と汗と涙を流した国立競技場という尊い轍の上に立たせて頂いたあの想い出は絶対に一生忘れません。

そんな夢のような経験をも糧に「ノーサイド応援団」での活動をより一層、活発化していたとある夜。

いつものようにお店でラグビーファンの皆さまとラグビー談義に花を咲かせているとふとお店の階段に明らかに異常な程の大柄な人影が…

入り口へ行くとそこにいたのは大野均選手率いる日本代表軍団!

大野均選手を筆頭に菊谷崇さん、伊藤鐘史さん、トンプソン・ルーク選手、真壁伸弥さん、ヘンドリック・ツイ選手、五郎丸歩選手、畠山健介選手、藤田慶和選手という超豪華な選手の皆さまがわざわざ「ノーサイド応援団」への感謝を伝えにお店まで来てくれたんです!


プレオープンではあまりの疲労に尻もちをつき、2011年W杯では映像や生ビールが断絶、W杯後は閑古鳥が鳴いていたあの場所に今、日本最高峰のラグビー選手達が集ってくれている。


そこに広がっていた風景は2011年7月22日にお店を始めて以来、ノーサイドクラブファーストステージのハイライトにてクライマックス、間違いなく一つのゴール、今尚語り継がれるまさに”ノーサイド"の瞬間なのでありました。

(明日へ続きます)


★Message from 容子
「マスターの応援ボード作って国立に応援行ったのが懐かしい。
春は別れと出会いの季節。またさらに可愛い娘みたいなスタッフが増えたんだね。
産んでないのに沢山の娘達はみんな私の財産だ。
お店にもレジェンドがいっぱい。ノーサイド応援団がんばってよかったよね!」






 

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